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はじめに
理学療法士のこうすけです。
突然ですが
大腿骨頸部骨折で人工骨頭置換術を施行した方への脱臼予防として何をしますか?
もちろんこれは不正解ではありません。
ただ、一人前の理学療法士としての管理としては不十分です。
そこで、今回は脱臼に焦点を当て、脱臼の発生頻度から予防戦略までを解説
していきたいと思います。
もちろん自分の経験談ではなく、科学的根拠に基づいて解説していきますのでご安心ください。
読み終わる頃にはみなさんは脱臼に対する管理がデータに基づき論理的にできるようになります。
参考文献も載せておきますので、気になる方はアクセスしてみてください。
1.人工骨頭置換術後の脱臼はどれくらい発生するのか(発生頻度)
大腿骨頸部骨折後の人工骨頭置換術において、脱臼はどれくらいの確率で起こるのでしょうか。
脱臼の発生率はデータにもよりますが、おおよそ1〜15%と報告されています。
大腿骨頸部骨折・転子部骨折ガイドライン(改訂第2版)にも、2〜7%と記載されており、おおよそこれくらいという感覚は持っておいてください。
2.人工骨頭置換術後の脱臼はどのように起こるか(状況)
人工骨頭置換術後の脱臼はどのようにして起こるのでしょうか。
ここに面白いデータがあります。
2012年に発表された論文で、大腿骨頸部骨折後に人工骨頭置換術を施行した34名の患者がどのように脱臼したかをまとめています。
結果は下記の通り。
1位 転倒・・・59%
2位 外傷無し・・・26%
3位 不明・・・15%
脱臼の多くは転倒により発生していることが分かります。
以上より、我々理学療法士が行う『脱臼肢位の指導』は26~41%(外傷無し+不明)の患者の脱臼を防ぐ可能性があることが予想できます。
3 脱臼はいつ起こるのか(時期)
では次に脱臼はどのタイミングで起こるのかについてです。
これも先ほど紹介した研究で調べられています。
- 脱臼までの平均日数(術後)・・・35日(1日〜408日)
- ほとんどの患者は8週以内に脱臼(例外として34症例中2例は3ヶ月と13カ月に脱臼)
日本では、大腿骨頸部骨折患者の入院期間はおおよそ30日程度と言われています。
つまり、多くの患者は入院中に脱臼する可能性が高いということです。
このことから、脱臼肢位の指導はある程度動けるようになってからでは遅く、術直後あるいは術前から行う必要があります。
【参考文献】
4 人工骨頭置換術後の脱臼の因子
ここまでで、脱臼の起点やタイミングについて理解できたかと思います。
しかし、それだけでは脱臼の管理としては不十分です。
ここからは、どのような患者が脱臼のリスクが高いのかについて説明していきます。
脱臼の因子〜術式:前外側アプローチvs後方アプローチ〜
人工骨頭置換術の脱臼に関しては、アプローチにより、脱臼率が異なることが分かっており
Unwinらの研究によれば前外側アプローチが3.3%に対して後方9%であると報告しています。
また、Pajarinenらは後方アプローチは脱臼の最も重要な因子であると述べ
Enocsonもまた脱臼率増加の唯一の要因であると報告しています。
2020年の論文でもZhangらは
「後方アプローチは前方アプローチと比較し脱臼率が有意に高い。前方アプローチと前外側アプローチには差が無い」
と述べていることからも、後方アプローチが脱臼増加のリスクファクターであることは間違いなさそうです。
【参考文献】
脱臼の因子 〜外旋筋・後方関節包の縫合〜
外旋筋および後方関節包の縫合もまた、脱臼の予測因子であることが分かっています。
2001年にKo CKらが行った研究によると後方アプローチで手術を行った患者に外旋筋・後方関節包の縫合の有無で脱臼率を比較したところ、縫合した群で有意に脱臼率が低下したことが分かっています。
現在後方関節包および外旋筋の縫合はもはや”当たり前”のことですので、縫合していないことはないと思いますが、念のため確認しておくと良いでしょう。
【参考文献】
脱臼の因子 〜その他〜
他にも因子はあり、手術の遅延、レントゲン上でCEA(Center edge angle)およびFO(Femoral offset)が減少している場合はハイリスクとなります。
また、脳血管障害やパーキンソン病患者は脱臼率が高く最大で37%上昇したという報告もあるため、合併ししている場合にはより一層の注意が必要となります。
精神障害(認知症など)に関しては
脱臼率が上昇する
という報告がある一方で
関係ない
という報告も存在し、まだ結論はでいません。
【参考文献】
人工骨頭置換術後の脱臼防止戦略
ここまでの情報を大まかにまとめると
- 脱臼は術後早期かつ転倒により起こる可能性が高い
- 後方アプローチや後方軟部組織の縫合が行われていない場合脱臼のリスクが高い
- レントゲン上CEAやFOが減少している場合脱臼のリスクが高い
- 脳血管障害やパーキンソン病患者は脱臼のリスクが高い
となります。
そこから、考えられる戦略として
- 脱臼肢位の指導は術前から始める
- 術式だけでなくレントゲンも確認し患者の脱臼リスクを把握する
- 転倒を最も恐れ、その予防に努める
ことが重要であると考えられます。
では具体的な方法に移っていきましょう。
人工骨頭置換時術後の脱臼防止戦略1 脱臼肢位の指導は術前から行う
先ほど述べたように、術直後(術後1ヶ月程度)が脱臼のリスクが高いため、術前から介入していく必要があります。
そのため、術式にあった脱臼肢位の指導
- 後方アプローチ・・・屈曲・内転・内旋
- 前方・前外側アプローチ・・・伸展・内転・外旋
を指導する必要があります。
これにより転倒以外で脱臼した39%の患者の脱臼を減少させる一助になる可能性があります。
人工骨頭置換時術後の脱臼防止戦略2 レントゲン画像からリスクを把握する
レントゲン上で、CEAやFOを確認することも重要です。
CEAは大腿骨骨頭中心から引いた垂線と大腿骨頭中心から寛骨臼外上縁に引いた線とでなされる角のことをいい
FOは大腿骨長軸と大腿骨頭との距離と大腿骨頭と涙痕との距離の合計をいいます。
詳しくは他の教科書などを参考にしていただきたいのですが
簡単にいうと
- CEA=関節のかぶり具合(低いほど被りが浅く脱臼しやすい)
- FO=大腿骨全体と骨頭との距離(距離が短いほど脱臼しやすい)
具体的な数値に関しては以下の論文を参考にしてみてください。
【参考文献】
※ただし、画像を患者に説明するのは「診断」と捉えられる場合があるので医師から説明してもらうなどの配慮が必要となります。
人工骨頭置換時術後の脱臼防止戦略3 転倒リスクを下げる
入院中の転倒を防ぐための方法については、Keusemanらが2020年に報告しています。
その中で入院患者の転倒を防ぐには
- 予測可能かつ変更可能な面に介入する(投薬の管理、病室環境の整備など)
- 患者教育を行う
- 安全な動作の指導
が重要であると報告しています。
予測可能かつ変更可能な面に介入する(投薬の管理、病室環境の整備など)
理学療法士は投薬に関して直接関わる機会は少ないですが、転倒と投薬に関しては数多く報告があり、大まかにでも転倒リスクを上昇させる薬は理解しておくことが重要です。
病室の管理に関しても、転倒予防委員会などの組織を作り病院や施設全体で対処していくことが一番望ましいですが
それができなかったとしても個人レベルで
- つまづきやすいものが床に置いていないか
- サイドテーブルはしっかりと固定されているか
- 車椅子や歩行器のブレーキは機能しているか
など、気付きさえすれば改善できる点はあるはずです。
患者教育を行う
脱臼肢位の指導だけでなく、転倒に対する指導も術前から介入すべき部分です。
患者は思っている以上に術直後の体の状態を正確に把握できていません。
なんて思っている人が数多く存在します。
そんな患者に対して時間をかけて教育できる職業がPT・OT・STのようなコメディカルです。
丁寧な説明を心がけ、不安をあおらず、おごらせず正しく理解させることが重要となります。
安全な動作の指導
そして、我々が最も必要とされる仕事の一つが
安全な動作の指導
です。
我々PTやOTは動作観察においてエキスパートです。
患者の癖や性格、身体機能を把握し、負担が少ないかつ安全な動作を指導する必要があります。
転倒という側面だけを考えれば、無闇にADLレベルを挙げるのも得策とは言えません。
患者自身が
「大丈夫、大丈夫」
「気をつけてやるから」
などということもあるかもしれませんが、客観的に判断する必要があります。
その他
ここまであげた3つのポイント以外にも術後早期から転倒予防に対する運動療法を実施していくことも大切です。
2020年にWongらが発表した転倒予防に対する運動の効果についてまとめたメタアナリシスによれば
最も転倒予防に効果的な運動は筋トレとバランス訓練の併用だ
と結論づけられています。
大腿骨頸部骨折後のリハビリテーションとしても、これら二つのプログラムは重要であると示されていますので
- 筋トレ
- バランス訓練
の二つは術後早期から実践していく必要があります。
【参考文献】
まとめ
今回は大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術後の脱臼について解説しました。
この記事を読んで、少しでも脱臼の理解が深まり日々の臨床に生かされれば嬉しいです。
ご覧いただきありがとうございました。